遺産分割の陥穽(おとしあな)

遺産分割協議の陥穽(おとしあな)

 

亡くなった人の財産を分けるために
相続人全員で相談をして、その結果を
遺産分割協議書として残します

全員の署名捺印(実印)をし
印鑑証明書を添付して

一丁上がり!

 

ですが。

 

 

本当に後先考えてハンコ押しましたか?

 

 

たとえば、父親死亡
母親存命
子供(成人している)3人

のときなど。

 

長男が積極的な場合

 

「一旦、全部俺(長男)の名前にしてからみんなで分けよう。」

  • 銀行もその方が簡単だって
  • 他もその方が世話がないらしいし
  • こうした方が相続税がかからないから
  • その方がいいって弁護士が言ってた

このようなことを長男は主張します

「俺の名前にしておいてあとでゆっくりみんなで分ければいいよ。」

 

で、相続人たちは、長男の言葉を信じて

 

「全ての財産は長男が相続する」

という文言の協議書に実印を押しました

あとでゆっくり分けてもらえるものと信じて

 

なお、上記の

単有(一人持ちにする)にすれば
簡単だとか、世話がないとか、
相続税がかからないとか
弁護士が薦めてるとかいう発言は、

ほとんどが真実ではありません

このような言い方はよく巷間聞くことではありますが、注意が必要です。

 

状況によっては、真実でもあり、ときには、明確に誤っているものもあります。

 

相続手続き(遺産分割から相続税の申告に至るまで)というのは、状況によってまるで異なります。
一見、よく似た家族構成なので、あそこがそうだったんならウチもそういうふうにやればいい、そういうふうにやりたい、と思うのは人情ですが、

これほど人それぞれに違うことはありません

パッと見、どんなによく似た容姿であっても
少しずつみんな違うように、
相続問題は、
少しずつみんな違うというか、
全然違うことをお忘れなく。

似た家族構成であっても十把一絡げに考えることは、不可能といってもいいでしょう。

 

遺産分割協議その後

 

長男はその協議書を使って、
不動産の名義を自分にし、
預金を全て解約して自分の口座に移し、
クルマ、株、有価証券、ゴルフ会員権等も全部自分の名義にしました

 

1年が経過しましたが、

あとで分けるから。という約束はどうなったのか

2年が経過しましたが、

あの約束はどうなったのか。

時々、さりげなく催促はしてみるのですが

ごめんね。ちょっと忙しくしてるものだから遅くなってるけど必ずきちんと分けるから。

まあ、
だいたいこのような理由(いいわけ)を
その都度するわけです。

1年、2年はあっという間です。

 

ちなみに

いくら分けてくれと言ってもどうにもならないみたいだからもう仕方がないから遺産分割調停を申し立てようかしら、

と思いついたとして。

そこには、すでに、署名捺印済みの遺産分割協議書が存在しているという事実があります。(それではもう請求できない、と裁判所窓口で言われることもあるらしい)

 

約束を守らなくてもいいのか

 

現実にこのようなご相談はけっこうあります

 

「あとで分ける」

の他に

「悪いようにはしない」
「ちゃんと考えてる」

とか

「あとでゆっくり法律通りに」

等が使われます

 

使われます、とは言っても

おそらく最初から悪意があって独り占めするつもりだったわけではないでしょう、たぶん

請求されないでいる時間が長すぎると

長男の心の隅に、
このまま独り占めしちゃうのもありかも。などと悪魔が囁いたりしたのでしょうか

 

でも、署名したのはあなた

 

いずれにしても、皆子供ではなく成人しているいい大人なので、(未成年者は遺産分割協議に参加できません)
分割協議書の内容を理解して署名した、とみなされます

 

あとで分けるという言を信じていたといっても、それを証拠立てるものはおそらくありません。当事者の記憶以外に

 

法定相続分に満たないけど

 

ちなみに、このようなとき(遺産分割で法定持分に至るまで財産を取得しなかった場合)に、遺留分侵害を言い出す人がいますが。

それは勘違いです

遺留分侵害額請求は、
被相続人の生前の贈与や遺言によって、
遺留分を侵害された人から申し立てる
ことのできるものです。

遺産分割協議の結果、法定持ち分を放棄した人から、「やっぱり欲しい」と請求できるものではありません。

 

この場合は被相続人の意思によって遺留分が侵害されたわけではなく
分割協議という相続人(あなた)の意思によって相続取得分が少ないとかゼロになったのであって、
相続人(あなた)はそれに納得したから署名捺印をしたわけです。

 

  • そんなつもりじゃなかったとか
  • そういうはずじゃなかったとか
  • 相続財産は法定持ち分は必ずもらえると思っていた
  • そもそも法定されているはずでは?

等々耳にしますが、

法定相続分は法律で定められていますが
遺産分割協議がされた場合は、
協議の方が優先されます

 

ともかく、

署名捺印をしたということは
そこに書いてあることを
理解して了承・合意した。ということの
なによりの証なのです。

そうでないとしたら、なんのための書面なのか、ということです。

 

協議書の作成にあたって(これから作るなら)

 

万が一、どうしてもそのような形での遺産分割協議書を作らざるを得ないとしたら、次のような対策をとるのはいかがでしょうか

いえ、決して信用しないというわけではないですが。
人の心は移ろいやすいものだし、
記憶力ときたら、さらに陽炎のようなものですから(わたしだけ?)

 

1 はっきりその旨を(口約束の部分を)協議書に書く

たとえば、

「不動産全ておよび預貯金の全ては代表として長男が取得する。その代償金としてB、C、Dには、それぞれ金○○万円を支払うものとする」

 

2 どうしても協議書に入れられないなら別紙で確約書(かくやくしょ)を作成する

協議書の文言は「長男が全て取得する」ということで作成したら、そのほかに確約書(合意書でも確認書でもタイトルはなんでも)をこんな感じで作ります

「2021年6月12日付遺産分割協議書は、手続きの便宜上(不動産や預貯金の名義書換のため)そのようにするだけであって、実際は、Bは〇〇万円、Cは〇〇万円、Dは〇〇万円をそれぞれ相続する。長男は責任をもって、本日より6ヶ月以内に、上記金員をそれぞれに手交または振り込みをするものとする」

これに

  • 長男が署名し実印で押印し、
  • 長男の印鑑証明書を添付
  • 宛先はB、C、及びD宛で作成しておくとか。

 

要は、

「口約束だけでは何かあったときに心配なのでその部分も協議書に盛り込んでおきたい」と、はっきり希望を伝えましょう

長男が威圧的で
「そんなに俺が信用できないのか」などと言ってきそうなときは、

「このご時勢、いつどんな事情で、誰がいなくなってしまうかわからないから、約束は全部文書で残しておくのがお兄さんのためだし、お互いのためです。」と冷静に伝えましょう。

実際にそうなのです。

 

書面に残していなかったばかりに、将来、
訴訟になったり家族関係が壊れてしまったり
心も体も疲れ果てて、
なまじ財産があったことが恨めしくなったりします。

故人の意向にこれほど沿わないこともないでしょう。

おそらく

平和にいつまでも家族仲良く暮らしてほしい
というのが故人の希望であることが多いでしょうし、

遺言がなかったということは、

自分の亡き後、残った家族(相続人)で、
きちんと分けるものは分けて、
次世代のために有効に活かしてもらえると信じていたからかもしれません

その期待を裏切らないためにも、
書くべきことはきちんと書面で残しておきましょう。

ほ~んのひと手間です

 

ところで、司法書士に、
約束のお金はいつもらえるのですか、
と聞かれても困ります

表(おもて)に出ていないというか書面にされていない
内輪の約束事については、司法書士は
関与していないからです。(もしも、その事情を打ち明けられていたら、上記の危険性はお伝えしているはずなのですが。)

 

そのあたり、

  • 本人がハンコを押した覚えがないとか
  • 力づくでハンコを押させられたとか
  • 印鑑を無断で持ち出されて
  • 印鑑証明も無断で取得された、など、本人の意思がみじんも働いていないところで
    勝手に署名押印が行われた、というのであれば、これはもう、立派な犯罪なので、弁護士に頼んで訴訟を起こしたほうがよいかと思います

 

しかしながら、

そんなつもりじゃなかったとか、

残酷なようですが、
そのような言い分は裁判所では採用されないことがほとんどです。

書証(紙にかかれた証拠)は大事なものなので、大の大人が3人も、そんなつもりじゃなかったと主張するのは、無理があるかもしれません。

 

一年たつ。お金は分けてもらえない

 

争ってでも財産を手にしたいという気持ちが本物ならば、一刻も早く、弁護士を訪ねましょう

ただし、
ご自分が署名捺印した遺産分割協議書があるだけで、圧倒的に不利だということをお忘れなく。

 

また、金融資産は使われてしまい、
どんどん目減りしていくことが多いです

分割協議後10年経って請求したところで
財産はほとんど残っていなかったということもありえます

その長男に自分の財産があれば、そこから返してもらうこともできるかもしれません。
不動産とか、勤めていれば給料債権を差し押さえるなど。裁判で勝てば可能です。いずれにしてもそうなると素人の手には負えないので、すぐに弁護士を訪ねて下さい。

 

おまとめ

 

もしも、

ご家族でつくる協議書に
細かいことを盛り込みにくいとか、
そんな長い協議書はどういうふうに書いたらいいのかわからない、
というのであれば、
どうぞお気軽にご相談ください

30分まで無料です ただし、1回限り

 

それから、

散々書いてきて今更申し訳ありませんが
本記事は、相続税等の税金対策には、
全く対応しておりません

あくまで、

真意ではない分割協議書を作ることの危険性を述べたものに過ぎません。ご理解ください

税金のことは、
どうか直接、税理士にお尋ね下さい