よい調停・わるい調停
よい調停わるい調停
調停にも何種類かありますが、
ここでは家事調停について述べます
他の調停は同じく調停手続きではありながら
事の性質上、様相がかなり異なっているようです
調停とは
調停とは、裁判所で、当事者同士の話し合いで問題を解決するという手続きのことです
話し合いの場には、調停委員会(調停委員2名と裁判官などで構成されます)が同席します
原則として、申立人と相手方が交互に別々に調停委員(会)に話を聞いてもらいます
裁判も調停もいずれにしても裁判所に足を運んでのことになるため、どちらでも似たようなものではないか、と思ってしまいますが、ところが、そういうわけでもありません
裁判とは違う
裁判は、裁判官が、法律(または先判例)に基づいて
黒か白か、あるいは
黒75%白25%のように、決着を付けてくれる手続きです。
何があっても、法律に背いた判断を下すことはしません。
どのように酌むべき事情があったとしても人としてこれはいかがなものか、というようなときでも、法律に基づいての判断しか許されていません。
時代劇で、大岡裁きというような名奉行のお裁きがありますが、現代の裁判ではとうてい不可能です。理想のひとつの形ではあるかもしれませんが
そして基本的に公開が原則です
誰でも見たい人はその裁判を傍聴できます
ただし、世間の注目を集めている訴訟の場合は抽選
調停のキモ
調停では、あくまで大事なのは、当事者がそれで納得するかどうかです
たとえ法律で積極的に許されていないことでも、当事者間で話し合いがまとまれば、それはOKとされています
ただし、
公序良俗(こうじょりょうぞく)に違反する取り決めは無効です
公序良俗違反
民法90条
公の秩序または善良の風俗に反する法律行為は、無効とする
民法91条
法律行為の当事者が法令中の公の秩序に関しない規定と異なる意思を表示したときは、その意思に従う
調停案は、裁判官がチェックしているので
公序良俗に反する調停条項が成立することは考えられませんが、
当事者の案として出現することはあります
- 一般的に多くの人がおかしいと感じること
- 道徳的にどうなのかと思うようなこと
- 人倫に反する行為
などが公序良俗違反の目安です
例えば、
- 高すぎる利息
- 奴隷契約
- 愛人契約
- 人権侵害行為など。
そして、調停は裁判と異なり、100%非公開です
調停の場が公開されることは絶対にありません。
調停の実際
調停委員会は、民間から選任された調停委員2名(男女1名ずつのことが多い)と裁判官1名等で構成されています
裁判所の手続きではありながら、
利害関係のない第三者として民間人(調停委員)が話し合いの場に参加することに、ある種の意義があるとされています
よい調停
よい調停というのは、当事者の意向ができる限り反映されて双方とも、まあこの程度で良しとしよう、と納得できるレベルで話し合いが成立する感じでしょうか。
とは言っても、片方だけの希望が100%通ることはあまりないとは思います。
そうだとしたら、そもそも調停申し立て以前に話し合いで決着がついているわけですから
言いたいことを言い、思いの丈を受けとめてもらい、その結果が許容範囲であれば、バンザイということです
仮に、自分の側の主張がほとんど通らなくても、充分に話を聞いてもらったと満足できた人は、それをよい調停だと思えるかもしれません。
それまで、首をたてに振ったことのない相手が、じっくり腰をすえて、こちらの要望に応えてくれようとしている。そんな実感が得られれば、半分解決したようなものです(これは、希望的観測に過ぎるかもしれないですが)
または、
解決すべきポイントがいくつもあって複雑で面倒でどうにもならないような絶望的な事案だったとしても、
期日(調停の日)ごとに小さな問題点が解決されていき、
期日ごとに少しずつでも成功を積み上げていくことができれば、
最終的な解決には道のりはまだ遠いとしてもそれなりの達成感は得られるものかもしれません
悪い調停
悪い調停というのは、言うまでもなく、
もやもやが解消されない、
不満が残ったまま。
問題があるから調停となったのに
問題が解消されるどころか
相手方は言うに及ばず
裁判所、調停委員の言動さえもが
さらなる不満を呼んでしまうという感じ。
自分の意見・感情・過去の記憶に固執するがあまり、相手の言葉を一切受け入れられない人がいます。
そのような人は少し話をすればわかりますがそこで、この人は駄目とジャッジして諦めてしまったら話し合いはできなくなります。
不思議なことですが、期日を重ねるうちに
どういう心の作用が働いたものか、考えられないほど柔らかくなっていく人もいます。(そうではないこともまた多いでしょう。)
理屈ではわかっていても感情が納得しない場合、人は決してイエスとは言えないものです
たとえば、絶対自分が100%正しいので、100%勝ちの調停を望んでいる人とか。
気分はわかりますが、調停とは、
話し合いです。それはお互いに
いくらかの損を受け容れあう、ということでもあります。
これは譲れないけど、それは仕方がないけどあなたのものにしてもいい、的なものです
言いたいことを言えない、のもかなりのストレスで、悪い調停の代表格です
何かを口にしようとすると、
代理人にストップをかけられる
出席している身内に止められる
折角話せる順番が回ってたのに時間切れだと
調停委員に止められる
次は、次は、と思っているうちに、
その回は終了。また再度の期日においても
なかなか発言の機会が巡ってこない
そうこうするうちに疲れ果てて、調停など、
どうせ自分以外の関係者の間で決着がつけられてしまうのだから、もうどうでもいいという捨鉢な気分になってしまうこともあるでしょう
当事者(申立人 相手方)が互いに
より良い着地点を探ろうと思っていれば
よい調停になる可能性が大です
双方とも代理人のみが出席して本人は一度も裁判所にこないというのもあるようですが、
代理人同士がお互いによりよい解決点を!という気構えでいれば、
同様のよい結果が得られます たぶん。。。
双方がそのような思いであるにも関わらず、事の次第というか、事の性質上、どうしても片方が泣く、ということもないわけではないです
代表的なのが、離婚(夫婦関係調整)の調停
特に女の人は、一度いやと思ったら頑固にその意見を変えません。
調停委員会としても、感情を強制することはしませんし、そもそもできませんから、その場合は、まあ離婚やむなし、という結論しか出せません。
夫の側はどうしてももう一度チャンスをくれ、何でも言うことを聞くからやり直させてくれ、という気持ちであっても、
妻が首を立てに振らない限りどうにもなりません。
このような場合は夫側にしてみれば、悪い調停で、終わってしまうことになります
遺産分割等は、相続人間で昔からのしこりのようなものが存在してることが多く、そのあたりの誤解(とばかりは限りません)が溶けると一気に解決することがあるようです。
ですが所詮は、財産分けなので、それぞれの思惑が絡む離婚等とは、決定的に異なります
双方が自分のことばかりを考えているというのは、ある意味当然のことではあります
自分のことしかわかりませんし、
相手が何を考えているのか冷静に話を聞いてみることはおそらくほとんどないのかもしれないです
しかし、間に入った他者(調停委員)の口を通して、相手の心情や意見や事実関係を説明されると、
これがまた、
神の導きと言おうか、天啓のように、
相手のことが見えてくる瞬間が訪れます
そうなると、
100%肯定できないことであっても
相手がそのような思いに至った経緯への理解ができれば、もう、
自分のことばかり考えていた自分、とは全く別人です
悪い調停のままで終わらせることなく
よい調停に転化できる可能性
それは常に存在しています
悪い調停の「場」
調停を経た人の意見の中で、見過ごせないものがあります
調停委員または裁判官と相性が悪かったというものです
調停委員は「気に入らない・相性が悪い」という理由では
チェンジ!してもらうことはできません。
ただし、利益相反があるときは変えてもらえますし、変えるべきです
たとえば、遺産分割調停において、相手方の配偶者が調停委員であるとか
通常は、事前にそのような事情はわかるので、そのような状況の人が調停委員にあたることはないとは思いますが。
それ以外の、
自分の言うことを頭からバカにしている・いつも薄笑いを浮かべて軽蔑されているような気がする、相手の肩を持ちすぎで私情が入りすぎるのではないか、あとは、男尊女卑がひどすぎるというのも、あります
いずれも本当だとしてもこれらの事情では、調停委員を変更することはできません。
(それらの事情によって、変更できるという規定がないため)
申立人はそのような場合は、
一度取り下げて再度別の裁判所に申し立てをするという手が使えます。
調停の申立先は、相手方の住所地を管轄する家庭裁判所なので、相手方が何人かいて、別の管轄であれば、それが可能です
相手方がたった一人だと、この手は使えません。
とりあえず、どうしても嫌ならば、
いったん、取り下げをして、数年後、
ほとぼりが冷めてから再度申立をする、という手があります。
よい調停をめざして
大事なことは、双方が、良い調停にしよう
と思うことではないでしょうか
自分が絶対絶対絶対に正しいのだから、
折れる必要は1%もない、とか
こっちが少しでも折れたら、自分が
間違ってることを認めることになるから
絶対いや。など。
お子様ではなく、
大人同士の話し合いができると、
よい調停が可能かな、と思います
相手の立場に立つことはとても難しいことですが、
自分と同じように
相手側にも相手側の正義があるということは
忘れないでおきたいことです。
千葉県茂原市の司法書士・行政書士です。お客様の、本音のニーズに応えられるような仕事を展開したいと思っています。 ご実家の土地の相続登記が終わってない、ローンを完済しているのにその登記を行っていない、昔、親が買った隣の土地の名義を変えてない、という状況の方は、お気軽にご相談ください。司法書士経験20年超のプロが、問題を解決いたします。お問い合わせは全国対応の片岡えり子事務所までどうぞ。女性スタッフによる丁寧な説明ときめ細やかな対応に定評があります。